マブべえがおの会 資料

ベトナム2002年

ベトナムでの活動は1年に2回現地での活動と日本での啓蒙活動でした。

2002年4月1日 大極安子

三月十日に日本を発ち三月十一日の朝フエに入りました。
ベトナムでは、いつも一回はアクシデントに見舞われるのですが、今回はスムーズにフエに到着しました。

 

 今回で五度目のベトナム訪問。訪問するたびに、その変化の早さに驚いています。
ホーチミンは車が増えました。フエは、まだバイクが主流です。
どこもかしこも工事中です。掘立て小屋のような家がどんどん壊され、レンガとコンクリートの家が立ちならびはじめました。

 

空き地とむきだしの赤土が目につきます。大好きだったボーン河の船着場も工事中です。
静かな水辺の木立にかわって、レストランがいくつも建ちならびはじめています。
ベトナムはいつも走っています。その中を私達も駆彼け足で走り抜けました。

 

 ホテルに荷物を置いたその足で「子どもの家」のタム医師を訪ねました
。前々回、前回とタム医師に小児はりを教えたのですが、その成果の確認です。
半年の空白期間があり、どのようになっているか不安でした。
でも教えたことは、しっかりとの中に生きていました。 

 

 前回は、小児はりをする前と後の皮膚の変化をタムさんに確認してもらったのですが、皮膚の変化を見とれれば大丈夫、一人でやれるのだと実感しました。

 

残りの日々は、もうひとつの旅の目的であるキムロン病院の障害児センターにいって、村のドクター達に小児はりの手ほどきをしました。彼らには二度目の勉強ですが、もう一度基本に返って持ち方から教えました。

 

 スン・フー地区、ビーザー地区の「障害児親の会」に出て、障害児の治療と村のドクター達に、実際に小児はりで担当の子ども達の治療をしてもらいました。村のドクター達には、今回子どもの皮膚の変化を確認してもらいました。「アーそうか、小児はりをすると、こういう変化があるのか。」という理解があると、一人でやっていけるようです。少なくともタムさんにおいてそうでした。さて、半年後はどうなっているのか。うまくいってくれることを祈ります。一歩また一歩、試行錯誤を繰り返しながら、小児はりはベトナム中部に広まっています。

 

 最後に私達のいただいた宝物物を紹介します。小児はりの説明をして「質問はありませんか?」と聞いた時、「はい!」と手を上げた障害児のお母さんがいました。
「質問ではないのですが、遠い国から来てくれてありがとう。また来てください。」と言ってくださいました。
一同大感激!逆にいろいろやらせていただいて私達にとって本当に勉強になっているのに。
お礼を言われて本当にうれしかったです。また来ます!一同胸に誓った日でした。

 

 余談ですが、ベトナムでは一回はアクシデントに見舞われます。今回もこのジンクスは当たりました。
フエ滞在の三日目の朝、いきなりホテルの部屋が!!予約されていない!!!そんな!!!でもこういうことってよくあることだそうです。
小山氏の尽力で安ホテルの部屋裏部屋に転がりこむことができました。

 

危うくストリートおじさん、おばさんになることは避けられました。
でもまっ、みんな無事に戻れたことだし、メデタシメデタシでした。
三月十六日の朝、無事羽田着。

 

2002年9月30日(文責 長沼トミ子)

9月16日から23日まで、ベトナムのフエ市に行ってきました。
今回は、歌手の知念良吉さんと会の大極、長沼が行きました。
楽器は湿気に弱いので、雨期に入る前に訪問したいと願っていました。

 

でも、すでに 雨期に入っておりお迎えは降り続ける雨でした。
 17日の早朝にフエ入りし、早々に「子どもの家」のタム医師との再会をしました。
日頃よりタム医師が治療を行っているためか、子ども達の皮膚に張りがあり、子ども達とタム医師の間になごやかな空気が流れているのを感じました。
タッチセラピーの良さを再確認しました。

 

 

 

18日は、障害児支援センターのアン医師達と再会。
フエ市の気候や住居から、子ども達によく現れる症状のディスカッションをおこないました。
タッチセラピーを行うにあたって、皮膚の触り方、皮膚をどう診ていくかに 話がおよび、2人の子どもの治療を行なうことでさらに理解が深まりました。

 

午後、フエ郊外のフンスー地区診療所で障害児治療を行ないました。
アン医師を含む3人の医師と、5人の障害児と母親の参加でした。
私達の活動を見ていた、ベトナムの「子ども」家を支える会の、ベトナム所長の小山 道夫氏の日記より以下を抜粋させていただきす。

 

『医師への講習が終了した後、一人つず治療を行った。タッチセラフィー(これは タッチセラピーだと思います。・・・・著者)は、子ども達の心を解放し、リラック スさせる。病気の予防などに効果がある。特に、地域診療所の医師や両親などが覚え ると、いつでも子どもたちに「施術」出きるという特徴がある。大極さんたちは、一 人一人の子どもに治療を行いながら、母親に家庭でのタッチセラフィーの仕方を教え て行く。結構時間はかかるが、こうして地域・草の根に入り、一人一人の障害児や生 活困難を抱える家族と接し、話し合いながら治療を行うことは、大きな意義がある。 何よりも母親や家族が子どもたちの障害に真正面から取り組むようになる。小さな取 り組みであるが、こうした所から少しずつ障害児支援の活動を進めて行きたいと思っ ている。』

 

私達の活動が、ベトナムの母子にわずかでも力になっていければ嬉しいです。

 

19日、降り続いていた雨が止み晴れる。
午後からベトナムでの知念さんのコン サートが始まります。
思いが天にとどいたか。

 

グエンフエ高校では校長先生、副校長先生を始め、約100人の生徒が参加してくれ ました。
「子どもの家」を支える会の小山さん及びベトナムのスタッフの皆さんの御協力で、歌詞をベトナム語に翻訳し、スクリーンに映していただきました。 唄に会わせ、会の代表の大極が踊りそれに会わせて生徒達がすぐ踊りました。

 




 20日、雨期の合間の晴れで日中グッタリでした。
夕方より土砂降りに見舞われる中、午後7時半から『静岡―フエ青年交流会館』で知念良吉コンサートが行われまた。

 

テレビで宣伝されフエ市の一般市民も参加しました。
ベトナムの人達は、リズムのある島歌が始まるとすぐ踊り始めました。
終了後、参加 者の交流会となり、歌ったり踊ったりの大騒ぎとなりました。

 

これぞ日越交流と思いましたが、何時に終わるのか見当もつかず不安になりました。
終わったのは午後11時 半でした。

 

 21日午後からハイバーチュン中高校で「知念良吉コンサート」開催。
知念さんの歌に合わせ、生徒たちは踊り始めました。
大変盛りあがったコンサートで した。
夜は、子どもの家の中秋のお祝いのなかでの知念さんのコンサートでした。

 

 

 22日の朝ホーチミン入りし、ホッと一息しました。
ホーチミンは、車が多くなり家族でバイクに乗っている姿が殆ど見受けられなくなりました。
本当にベトナムは豊かになってきたと感じます。
夜、知念さん、大極、長沼 で食事をしていて目にしたのは肥満の子ども達です。
そろそろ問題にになってくるの ではないかと感じながら帰途に着きました。

 

駆け足でのベトナムでしたが、タッチセラピーが確かに伝わっている手応えと、唄を介して日越交流に少しでも協力出来たことにホッとしております。 文責 長沼トミ子

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