先日、友人から映画『ボビー・フィッシャーを探して』の主人公、ジョシュ・ウェイツキンが書いた本を薦められた。チェスの天才から武術家へ。それぞれの分野で頂点を極めていった彼の物語だ。
彼は感覚を身につけて使えるようになるために「アフォーダンス」という考え方を意識していたらしい。何それ?って感じだったんだけど、要するに環境が「何を可能にするか」を体で直接感じ取るということ。体で基準を作って、同じ動作を繰り返すうちに感覚が形成されていく。道具や相手の体、空間との相互作用を通じて、その環境が何をもたらしてくれるのかを知覚できるようになっていくプロセスなんだそうだ。
しつこいくらいに似たような動作を繰り返すのは、単なる筋肉の記憶じゃない。環境が提供してくる微細な情報に気づけるようになる過程なんだと。そんなこと考えながら練習してたのか、凄いなと思わず声が出てしまった。
この友人は盲学校であん摩指圧マッサージの技術を教えている。「感覚のない人に、ゼロから技術を習得させるにはどうすればいいのか」——これは私たち双方にとっての共通テーマだ。それをどう解決できるか悩んでいた時に、この本が舞い降りてきたらしい。必要な時に必要な情報が降りてくるって、本当に大切なことだと思う。
彼自身はスポーツマッサージで著名な先生のもとで厳しいトレーニングを積んできた実力者なんだけど、いざそれを人に伝えようとすると、これがなかなか難しいという。
そういえば先日、戸ヶ崎正男先生が発表された「技をどう身につけるか」といった論文を読んだ。最近ハマっている話題のNotebookLMに入力して、音声で再構築してもらったら、これが実によくできていて、違った角度から理解が深まった。
やっぱり技術をゼロから構築するには、基準となるものが必要なんだと思う。その基準を作るのは「型」で、少ししつこいくらいに同じような動作を繰り返すことで、一つの感覚が形成されてくる。この過程を経ないと、本を読んでも理解できないし、どこか当てにならない感じがしてしまう。
面白いのは、チェスの天才だったウェイツキンが太極拳の師に出会って、なんとその分野でもチャンピオンになったこと。練習はかなり意識的にやらないと、時間だけが過ぎて何も身につかない。ただ、ある程度の感覚や成功体験、センスがある人だと、こうした意識的なトレーニングで習得がかなり早まるんじゃないかと思う。